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違反は禁物/曙ブレーキ駐在員事務所

 

近代の偉大なる発明品で,現代における経済および,生活に欠くことのできない物のひとつに「自動車」を挙げても,文句を言う人は殆ど居ないと思います。ど の国が発祥の地かいろいろ意見はあるでしょうが,イギリス,イタリア、フランス、ドイツ,では 19世紀の終わり頃には,町工場含め何百もの企業が、ガソ リンで走る車を それこそ手作りで仕上げていました。Panhard, de Dion-Bouton, Levassor, Peugeot, Daimler, Benz, Bollee, と懐かしい名前が浮かんできます。街中では20km/h、田園では30km/hという制限速度でした。1899年にフランスで作られた車の台数は2400 台(世界一でしたよ)。何時の間にか分業が進み,いまや,全世界で一日12万台以上の車が作られています。その一台一台には,数万点もの部品が使われてい ます。私どもはそのうちのブレーキを作っています。最近まで知らなかったのですが,当時のブレーキ摩擦材として、ミシュランの製品が幅広く使用されていた との事。100年以上の歴史を持つ欧州の自動車メーカーと部品メーカーとの関係は、切っても切れないものなのだなー,と,つくづく感じています。それに  いまや美術館として変貌を遂げようとしているブーローニュのセガン島は ルノー工場発祥の地。1930年代の従業員たちは優遇されていたらしく,給料もよ かったけれど,食事には一日2リットルのワインまで,認められていたとの事。今はどうなのでしょうね?

 

ところで、ここ数年以来  道路取り締まり状況が厳しくなっていますが,皆さん如何ですか?レーダー設置個所をご存知でしょうね。

 

1970年頃は 駐車違反,スピード違反などで,あまり程度を超えないものは,反則切符(Contraventions) を貰うだけでした。(1年以上待ったものも有りました。) 駐車違反などは,書いている女性に何とか頼み込んで,破って貰えたものです。大統領選挙の特赦 事もあり,100枚以上溜めておいたのですが,帰国予定の6ヶ月くらい前に,ルブルジェ空港の手前の坂で,スピード違反をしました。裁判所に行くことにな るかも知れないといわれ,思い悩んでいたところ,ある日本の友人が,パリ警視庁に知っている人が居るからもみ消してもらおう、ということになり,頼みまし た。一ヵ月後にその結果が来ました。裁判所から罰金300FFの通知です。高かったけど,裁判が無いからよかったなーと思っていたところ 1週間くらい たってから,以前貯めて置いた反則切符の督促状がどんどん来るじゃないですか。帰国までの半年は,月給が有っても無いに等しいどん底生活を強いられまし た。 現在は 反則切符の発行も早いし,国外(特にドイツ)で犯したものも,簡単に来るようになり,せわしい世の中になったものです。しかも,これには後 日談が…。1990年代に 国際免許証の発行依頼に行ったのですが,僕の後から提出の人たちがどんどん呼び出されているのに,こちらにはお呼びがかからな い。おかしいなと思い,中を眺めると,みんなで3枚ほどの書類を見ながら,大笑いしている。やっと呼び出されて,わかったのは,僕の違反歴が何枚にも書か れていて,事務員たちが,笑いあっていたらしいのです。 フランスは恐ろしい国だ。何十年も前のことが記録に残っているなんて。 教訓 「違反をしないこ と」

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